公益財団法人東京都医学総合研究所 神経病理解析室 小島 利香
神経病理解析室では所有する沢山の病理標本をデジタル化し、神経病理教育のためのデジタルパソロジー教材を作成しています。今回は、デジタルパソロジーについての簡単な説明と、バーチャルスライドを利用した神経病理解析室の活動についてご紹介させて頂きます。
デジタルパソロジーとは、デジタルとテレパソロジーを合わせた言葉で、病理ガラス標本についてデジタル画像データを作成し、ディスプレイに表示して、病理標本を観察する技術的方法論のことを言います。
広い意味ではデジカメ付顕微鏡やデジタル顕微鏡といったものから、バーチャルスライド機器まで幅広く示しますが、デジタルパソロジーというと主にバーチャルスライドを意味することが多いです。
ガラス標本を高精度で大容量のデジタルデータに変換した画像データのことをバーチャルスライドもしくはホールスライドイメージング(WSI)と言います。
バーチャルスライドは1980年代後半から開発が進み、最初にバーチャルスライドを商品化したのはアメリカのバッカス・ラボラトリーという会社です。現在は、オリンパスの子会社となっています。
バーチャルスライドの利点についてお話します。
第一に、整理や管理、検索、取り出しが容易という利点があります。デジタル化によりパソコンでデータを管理できるため、検索や取り出しが容易に行えるようになります。また、標本の褪色などの劣化や、破損などといった問題もなくなります。次に、バーチャルスライドを使用すれば一枚の標本を大人数で共有することが出来るので、人数分の標本を作成したり、顕微鏡を用意する必要がなく、手間と費用を大幅に省く事が可能です。同じ画面を見て、指差しながら議論をかわすことで問題点がより明確になるというメリットもあります。
次に、デジタル画像は、必要な部分だけをトリミングしたり、アノテーションをつけることが出来るため、情報をよりわかりやすく相手に伝えることが出来ます。電子カルテに開示し、患者への説明の際に使用したり、カンファレンスやCPCの際に顕微鏡写真を撮ってファイルを用意する必要がなくなります。
最後に、遠隔病理診断が可能になります。顕微鏡がいらず、パソコンがあれば画像を見られるため、どこにいても診断が出来るようになります。手術中に摘出された病変組織の迅速病理標本を遠隔地から病理医が診断することにより、病理医不在病院でも術中迅速病理診断が可能となります。
バーチャルスライドの今後の課題ですが、まずバーチャルスライド機器は安いものもありますが、高価なものが多く、導入するのにかかるコストが負担になります。次に、デジタル化するための、時間と手間がかかります。バーチャルスライドを作成する際には、標本に少しのゴミが付着しているだけでも精密な画像を作成することが出来なくなるため、標本を磨く必要があったり、スキャン出来る大きさに限界があるため、大型の標本では標本作成時に事前に組織をトリミングする必要があり、非常に手間がかかります。また、手間をかけてデジタル化をしても解析度の問題があります。悪性リンパ腫などのように核内の微細構造を細かく観察する必要がある症例は、顕微鏡観察が不可欠と言われるように、光学顕微鏡に比べるとバーチャルスライドはやや画質が劣ると言われています。次に、大量のデータを保存するための記憶装置が必要となります。バーチャルスライドのデータ量はとても大きく、神経病理解析室で作成しているものだと、スライドガラス1枚で2ギガバイト程度になります。最後に、個人情報の取り扱いについての問題があります。デジタル画像は流動性が高く、コピーも容易にできるため個人情報の取り扱いに気をつけなければなりません。ウェブで公開する場合には匿名化を徹底することが必要になります。
バーチャルスライドを利用した遠隔病理診断により、病理医が不足した地域や病院などでも適切な病理診断を下すことが出来るようになり、医療の地域間格差、病院間格差を是正することが可能になります。
このことから、平成18年(2006年)に厚生労働省が「がん診療連携拠点病院に対する遠隔画像診断支援事業」という取り組みを行い、この時に全国のがん拠点病院にバーチャルスライド機器が約100台導入されました。
東京都でも福祉保健局の遠隔医療設備整備事業というもので支援を行っています。厚労省より早い平成14年度より支援事業を行っています。
バーチャルスライド機器を扱うメーカーは様々あります。価格は大手のメーカーではだいたい安いもので約700万円から、高いものでは約2500万円まで値段の幅があるようです。価格の差はスライドを一度にスキャン出来る枚数によって変わり、最近のバーチャルスライド機器は一度に300〜400枚程度のガラスをスキャンし、また、スキャンにかかる時間も40倍の画像で1枚、40秒〜1分程度で可能になっています。小さいメーカーの出しているものでは安いものもあり、既存の顕微鏡写真撮影装置などを使用してバーチャルスライド化するものなど、方法も様々です。神経病理解析室ではアペリオというメーカーのものを使用していますが、現在はライカに買収され、ライカからアペリオの後継機が出ています。