神経病理解析室は、主に東京都が所管する病院等や全国の大学等と連携し、標準化された神経病理診断が都民などに提供されるように、医療関係者を対象にした脳神経系の標本作成技術の提供や専門的な病理診断支援、基礎研究との橋渡し研究を行っています。5千例におよぶ脳の顕微鏡標本を有しており、これらをデジタル化して、病院の医師や医学部の学生がWEB上で神経病理を研修することができるようにいます。世界中に多くの閲覧登録者がおります。
これらの活動は、医学研の神経病理解析室運営要綱、脳神経病理標本ライブラリ管理要綱、脳神経病理管理要綱、ならびに、人対象研究倫理承認、共同研究契約、技術指導契約などに基づき、行われています。また、神経病理解析室は、一般社団法人日本神経病理学会の認定施設として、神経病理学の基盤を支える様々な活動も行っています。
旧研究所の創生期から数えて約50年のあいだに、貴重な病理標本が蓄積されてきており、教育や研究に資する膨大な研究資産を形成しています。これらの資産を、これからの医学や生命科学の研究に利用できるように、それぞれの保存状態のチェックによるメンテナンスや、個々の資産に付随する臨床的な背景について詳細にチェックし、脳神経病理標本ライブラリのデータベース化を勢力的に行なっています。
脳脊髄に生じている様々な病気を神経病理的に正しく解析するためには、神経細胞体や神経突起・髄鞘、それらをとりまくグリア細胞など、多くの細胞成分に生じている病理変化を正確に評価することが重要です。そのための神経系特殊染色の技術改良を行うと共に、普及に向けた指導も行っています。また大型脳標本の作成も行っており、国内外でトップレベルの神経病理テクニカルセンターとしての役割を担っています。それらの標本作成技術を駆使して、以下のような病変解析支援を行なっています。
どのような分野であれ、技術・技能を伝承してゆくことは極めて重要です。ベテラン職人の経験知や暗黙知と言われる、言葉では表すことが困難な技術のコツを、誰でもが同じような結果に結びつけることができるような形式知にデジタル変換してゆくことは、技術・技能の水準を維持して、さらなる高みを目指すためには必須な努力です。神経病理解析室では、様々なセミナーでの講演やテキスト出版、さらには、ウェブサイトでの発信を通して、標準的な神経組織の標本作成のレベルアップを目指す仕組み作りに尽力しています。
解剖で採取される脳脊髄検体は、凍結保存やホルマリン固定保存など、様々な処理を施して保存し、基礎研究との橋渡し研究に活用され、動物実験では得られない貴重な示唆を得ることができます。医学研のプロジェクト研究や大学を含む外部研究機関との共同研究を、これまで以上に推進してゆきます。
病院での治療の効なく死亡された症例の脳脊髄標本作成を行い、主治医を含む臨床医と共同で病理診断支援を行なっています。特に都立病院などや、共同研究を行う施設との連携を重視しているところです。
不審死症例の法医解剖による死因究明の重要性やそれに携わる人材育成の必要性は昨今高まる一方であり、大学法医学教室や東京都監察医務院との連携を太くしているところです。軸索損傷の有無や要因などを推定する病理学的な基準の策定に向けた研究も行っています。
難治性てんかんの脳神経外科手術により切除されるてんかん原性病変の病理標本作成に基づく診断支援、セカンドオピニオン対応を行っています。
脳に外傷性ストレスが加わると軸索障害や異常タンパクの蓄積などが生じるということが知られています。しかし、そのメカニズムは完全には明らかにされていません。軸索内にβAPPが蓄積するという病態は、外傷でも虚血でも生じうることですが、病理学的にそれらを鑑別するのは現状では困難です。また、繰り返される頭部への外力により脳にアルツハイマー病変が形成されることも知られています。しかし、日常生活で生じうる軽微な外力ストレスで脳にどのような異常が生じるのか、明らかになっていません。これらのことについて、死後脳や動物実験で解明してゆくために様々な計画を遂行しています。
神経解剖や神経病理に関するデジタルパソロジー(Digital Pathology;DP)のオンライン教材を作成し、インターネットで閲覧可能な顕微鏡観察体験ができるような仕組みを提供しています。ウェブサイト教材には日本語版、英語版があり、日本内外で活用されるようになっています。特に、バーチャルスライド機器で取得したデジタル画像を加工して、画像そのものに解説など付与する等、アクセシビリティーの良い教材になっています。英語版については、bookなどにおいても、トピックスとして取り上げられました。現在、世界中の国や地域のドクターや研究者から、約300件のアカウント発行申請があり、利用していただいています。
神経病理解析室は、主に中枢神経系のガラス標本をバーチャルスライド機器によってデジタル化し、さらに、インターネットで閲覧可能な加工を施し、様々な教育・研修のウェブルームを作成しています。また、共同研究者間での顕微鏡像の共有ウェブルームも作成し、オンラインで研究討議ができる仕組みも作成しています。ガラス標本は経年性に劣化するため、貴重、稀少な標本が失われてしまう心配があります。このようなリスクを回避して、ガラス標本の組織像をデジタル化して後世に継承することはとても重要であり、そのようなアーカイブ作成に精力的に取り組んでおり、東京都立神経病院と連携して筋疾患の病理アーカイブの作成を請け負っています。
4大公害病の一つである水俣病の貴重な病理解剖症例について、熊本大学と環境省国立水俣病総合研究センターと医学研で共同研究を行っており、特に医学研には、保有するノウハウとスキルを活用して、後世に残る水俣病の中枢神経病理のデジタルアーカイブの作成を5年前から依頼されて、共同研究契約により行っています。2020年度からさらに5年間で完成させる予定になっています。
病理診断だけに限らず、臨床や研究の現場の診断が個人の経験知や暗黙知に大きく左右されることがあり、普遍的な診断基準による診断がかならずしも確立しているとは言えない領域も多くあります。神経系の診断は、その最たる領域であり、正常像や異常像の境界線もあいまいであることなどから、病気であるものの微小な変化や、病変の超早期変化をAIでスクリーニングすることができれば、診断や治療が均てん化できると思います。神経病理解析室ではデジタル化された標本から微細な変化を抽出するシステム開発を、AI関連会社と共同で行ってゆこうと考えています。同じ病気であっても、100人の患者さんがいらしたら、100通りの病変形成パタンがあると言っても過言ではありません。しかし、その100通りの中における共通の変化を抽出することができれば、診断の精度は格段に高くなることは明らかです。数多くのデジタルデータを保有しているメリットを生かし、神経病理のAI診断システムの開発にコミットしてゆきます。
医学部や医療系学部において、神経解剖や神経病理の顕微鏡実習をインターネットによる情報通信網を活用してパソコンやiPadなどのモニター上で行う仕組みを作成しています。この仕組みは、ウェブ(インターネット)で顕微鏡(マイクロスコピー)を観察するという意味を込めて、ウェブマイクロスコピーと命名しています。それぞれの大学で利用する学習教材は、バーチャルスライドで取得した各種のデジタル病理画像であり、いろいろなニーズを反映したオンデマンド編集を行っています。
現在の高等教育のカリキュラムにおいては、ガラス標本を顕微鏡で観察するトレーニングに割かれる時間は極めて少ないと言っても過言ではありません。しかも、神経疾患の病理標本は、どこの大学にも豊富にあるわけではなく、コアな施設に偏在しているのが現状です。神経病理解析室では、医学研の前身研究所の時代から数えると約50年の歴史があり、その成果物として標本の種類は多岐に渡り、また、数量もかなり多くあります。これらの特殊性を生かし、毎年夏に行われる医学研夏のセミナーのカリキュラムとして、顕微鏡実習トレーニングである「神経病理ハンズオン」を行っています。40数年の歴史、受講者は約700名にのぼり、人材育成に生かされています。また、最近では、上記で説明したデジタル画像閲覧のシステムも同時に活用して、アナログとデジタルの実習を同期させた新しい学習法(ブレンドラーニング)を併せて行っています。
日本病理学会、日本神経病理学会、日本法医学会、日本法医病理学研究会、日本神経学会、日本てんかん学会、日本デジタルパソロジー研究会など、多くの神経系に関する学会や研究会などからの依頼により、標本作製方法や診断方法等に関する講演活動を精力的に行っています。
クルズスとは、小規模の勉強会を意味する言葉で、医学部や病院内でよく使われる言葉です。これまで内部での短時間勉強会を行ってきており、ウェブで閲覧できるように動画を公開しています。今後は、これらに加えて、オンラインでのクルズスも行なって行く予定です。 それらを通して、神経疾患の病態理解の役に立てるような啓蒙活動を展開してゆきます。