川崎 隆1)3)、木村 唯子2)3)、海津 敬倫4)、新井 信隆4)
1)横浜市立大学医学部附属市民総合医療センター 脳神経外科
2)国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経外科
3)東京都立神経病院 脳神経外科
4)公益財団法人東京都医学総合研究所 神経病理解析室
パーキンソン病などの不随意運動に対する定位脳手術においては、ターゲットの決定に際し、ヒトの脳アトラスが非常に参考となるが、既成のアトラスは、必ずしも満足のいくものではない。我々は、日本人ホルマリン固定脳標本を用いて、実際の手術に有用な全脳アトラスを作成している。
定位機能外科手術の有効性は広く認識されるようになって久しいが、一般病院の脳神経外科ではほとんど行われていない。都立神経病院脳神経外科は全国的にも、定位機能外科手術を数多く行っている施設のひとつである。
このことから我々は医学研と日本人での全脳アトラスの作製を行ってきた。
都立神経病院のように多数の定位機能外科症例をもつ病院にこそ、アトラスの必要性は高い。また、基礎の分野で動物の脳アトラスを今までに作成してきた医学研の技術は、アトラス作成には欠かせない。
日本人ホルマリン固定脳から、50μm厚の矢状断面の連続凍結切片を作成し、500μmごとにKB染色標本を作成した。
顕微鏡下にKB染色標本を観察し形態的に構造物の同定を行った。
3D合成ソフト“TRI”を使用し、コンピュータ上に注目する脳構造を再構築することで、同一半球による矢状断面、冠状断面、軸位断面のアトラス作製が可能である。
1990年代より始まった不随意運動に対するDBS手術は、淡蒼球、視床Vim 核、視床下核をターゲットとして行われてきたが、近年。これらのターゲットでは無効な症状に対し、新たなターゲットの提案がなされてきた(脚橋被蓋核、posterior subthalamic area)。また、精神疾患に対する手術もすで海外では始まっており、次々と新しいターゲットへのDBSが報告されている。新しくターゲットを設定する際には、それらの大きさ、位置、立体構造、個人差などを知ることが重要となってくる。我々のアトラスは、DBS手術におけるスタンダードであるACPC線を基準としたスライス面からなっており、また、50μmごとの凍結切片画像と500μmごとのKB染色切片という、今までにない細かい間隔であり、更にcomputer上で3D化し、任意の位置で任意の断面図を作ることができる。個人差にの問題に対しては、現時点で3体、今年度はあと2体の脳を使用して作成していく予定であり、全ての構造物について、個人差の検討も行うことができる。
今まで検討してきた構造物は、核が中心であるが、近年の神経線維をターゲットとする定位手術に際しては、白質(神経線維)の検討も重要と思われる。
このように、これまでは機能外科ターゲットとして核構造物が主体であったが、KB染色標本では判断の難しい線維も、機能外科手術のターゲットとして広まりつつある。
昨年度から、Posteriro subthalamic area, (PSA) の線維について構造の同定を試みた。
視床腹側線維(Posterior subthalamic area, PSA)は、視床Vimへ投射する小脳赤核視床路とVcへ投射する内側毛帯が複雑に走行している。
機能的定位脳手術において、内側毛帯へ影響を与えることなくVimから小脳赤核視床路を適切に刺激することで、振戦などの治療に有効である→矢状断では判断ができない。
Tractographyも行われているが、解剖学的な裏付けがない。
内側毛帯と上小脳脚線維をたどり、視床のどこに到達するかを調べた。
KB染色標本での確認は0.5mmごとに行い、その間は凍結切片標本で照らし合わせて同定を行う。
正中から外側4mm矢状断面では線維走行が明瞭で前方に内側毛帯が、後方に小脳赤核視床路が走行する。
昨年度から今年度にかけては、ヨーロッパで始まった、黒質網様部へのDBSを受け、黒質の解剖に関する考察を行っている。また、最近増加してきた、posterior subthalamic areaへのDBS関しても、解剖学的検討を行っている。今後はデジタルアトラス完成へ向けて作業を進めてゆく予定である。
この研究は、医学研での研究倫理審査委員会において承認を得て行っている。